IWCはWatches & Wonders 2023において新しいインヂュニアを発表しました。
1970年代にジェラルド・ジェンタが描いたオリジナル・デザインに加えて、インヂュニアの象徴であった耐磁性能の両方が見事な復活を遂げたその新作の充実ぶりは、同会場にて発表されたロレックス デイトナの新作にも劣らぬ大きな話題となり、多数のメディアに取り上げられました。
ここではそんなインヂュニアの2023年新作について、取り上げてみましょう。
インヂュニアの歩み
ドイツ語でエンジニアを意味するこの腕時計は第二次大戦後、交通、通信、電化等あらゆる分野において急速な発展を遂げていく国際社会において、多忙を極めたエンジニア達の為の腕時計として、1955年に発表されました。
画像右:https://www.iwc.com
英国軍の要請によって開発され、厳密な管理の下に幾多の重責を果たしてきたパイロットウォッチの名品、マーク11で培った耐磁技術を活かしながら、利便性、信頼性に優れる85系の自動巻ムーブメントを搭載したインヂュニアは、Ref.666、Ref.766、Ref.866と進化を重ねながら、IWCによる耐磁時計のコレクションとして大切に育てられてきました。
ジェラルド・ジェンタの起用
1976年、インヂュニアは突然の変化を遂げます。
それまで製作されてきたインヂュニアは、直径28~29ミリ、厚さ5.6~6.4ミリという、IWCらしい頑丈な自動巻ムーブメントを二重構造のケースに収めていたことから、当時の一般的な腕時計と比較すれば、サイズこそ一回り大きいものの、あくまで簡潔なラウンドケースの範疇に収まるデザインを持っていました。
多様化が進む時計市場の中で、特別な耐磁時計であるインヂュニアには、その機能性を際立たせる個性的な外観が必要と考え、デザイナーを探しました。
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IWCによれば「ジェラルド・ジェンタには1967年にクロノグラフのデザインを依頼したが、結局製品化には至ることが出来なかった」とある通り、結果的に新しいインヂュニアのデザインを依頼することになったジェンタとは以前から面識はあったようです。
ジェラルド・ジェンタに関する記述 (www.iwc.com)
そして1974年にジェンタから上がってきたスケッチを基に、1976年に製品化されたのがRef.1832、インヂュニアSLでした。
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そのRef.1832は、幅広の平坦なベゼルと、トノー型のケースから伸びる一体化したブレスレットからなる力強い外装と、細長い長短針とバーインデックスからなる、簡潔でドレッシーな顔が不思議なほどの調和を見せる点において、ロイヤルオークと共通する際立った特徴を持っていました。
画像右:https://www.geraldgenta-heritage.com
そんなジェンタ・デザインの製品化にあたり、薄型の自動巻ムーブメントを採用し、「外装のコンプリケーション」とも形容されるほどの手間暇をかけて、あくまでエレガントな薄型に仕上げたロイヤルオークに対して、スポーツウォッチが備えるべきタフネスにこだわったIWCは、インヂュニアの最大の特徴である磁気シールドのみならず、ヨットクラブから流用したといわれるシリコンゴムによる耐衝撃構造を加えました。
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その結果としてロイヤルオークのファーストモデル、Ref.5402が直径39ミリに対してケース厚を7ミリに抑え込んだのに対して、IWCのRef.1832は直径40ミリ、厚さ12ミリという、当時としては規格外ともいえるサイズとなったのです。
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そんなRef.1832は商業的成功に恵まれたとは言い難いものとなりましたが、ここに誕生したジェンタ・デザインは様々なアレンジを加えられながら2017年までの長きに渡って、インヂュニアのアイコニックな意匠として採用が続けられました。
ラウンドケースへの回帰
エンジニアの為の耐磁時計として誕生したインヂュニアは、2005年に登場したAMGとのコラボレーションモデル辺りから、モータースポーツのイメージを打ち出すようになりました。
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そして2013年に登場したRef.IW3239において、ケースの厚みが増す要因のひとつとして苦しめられてきた耐磁性能を捨て、Ref.1832のオリジナルデザインを活かしながらケース厚を10ミリにまで絞りました。
また同年にはプラチナとセラミックのコンビケースにコンスタントフォース機構付きのトゥールビヨンを搭載した、耐磁性能とは無縁なコンプリケーション、Ref.IW5900等も登場、エンジニアの為の時計として誕生したインヂュニアが、エンジニアによる高度な技巧によって生み出される時計として、再解釈されるようになりました。
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これはムーブメント自体が優れた耐磁性能を持ち、15,000ガウスという桁違いに強力な磁場に耐えるオメガのマスターコーアクシャルの登場によって、磁気シールドによる耐磁性能の確保が古い手段となってしまった事と関連していたのかも知れない、と考えるのは筆者だけでしょうか?
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更には2016年に登場したRef.IW3807によって、IWCはインヂュニアのファーストモデル、Ref.666をオマージュしたというラウンドケースを採用、翌年のインヂュニアの全面刷新において、ラウンドケースに完全な回帰を果たしました。
時計業界の多様化と価値観の熟成が進む中、ロイヤルオークが40周年を迎えた2012年頃には、ジェラルド・ジェンタという類稀なる才能と、ジェラルド・ジェンタが遺した傑作の数々が大きくクローズアップされ、それらがスポーツ・ラグジュアリーというカテゴリをも確立してしまったと考えられていますが、IWCがこのタイミングで一時的とはいえジェンタ・デザインを封印してしまったのは意外に思えました。
2023年にインヂュニアが取り戻したもの
「クロノス日本版」(2023年7月号 107号)によれば、2022年のWatches & Wondersにて、そのプロトタイプが一部の関係者にのみ公開されていたといいますが、IWCは2023年、ジェンタ・デザインのインヂュニアを改めて復活させて見せたのです。
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それはリューズガードをはじめとする現代的なアレンジを加えながらも、1974年にジェンタが上げてきたデザイン画に込められたディテールに、これまで以上に忠実であろうとした、デザイナーへのリスペクトに溢れるものでした。
そして軟鉄製のインナーケースと文字盤でムーブメントを挟み込むことにより、インヂュニアに40,000A/mの磁場に耐える「耐磁性能」を復帰させたことも、ファンにとっては非常に大きいでしょう。
2013年より前に製作されたインヂュニアの歴代モデルたちが基本としてきた80,000A/mの耐磁性能に対して、何故今回に限って半分の数値になってしまったのか、との疑問の声が上がって当然のように思えますが、今のところは単に耐磁性能が復活したことを喜ぶ声の方が大きい印象です。
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またこの控えめになっ た耐磁性能の影響か、ケースサイズは直径40.0ミリに対して厚さが10.7ミリにまで絞られており、筆者自身、まだ実機を手に取るには至っていませんが、サテン仕上げを基調としながらエッジ部分にポリッシュ仕上げの面取りを多用した良質な外装と相まって、IWCの時計らしい剛性感を持ちながらも、現代のスポーツラグジュアリーウォッチらしい繊細さを併せ持っているように見えます。
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ケースサイズについて付け加えれば、ラグからラグまでの縦のサイズが45.7ミリに収まっており、細い手首にも良好な装着感を期待出来そうです。
この新しいインヂュニアはグレーダイアルのチタン製のモデルに加えて、スチール製のモデルにはブラック、シルバーに加えてIWCがアクアと呼ぶグリーン寄りのブルーダイアルが用意されており、アクアダイアルのモデルのみ、ブレスレットのセンターリンクがポリッシュ仕上げとなっています。
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また全ての文字盤にはRef.1832の最も人気の高いバリエーションであった「カーボンダイヤル」を思い起こさせる、格子状のパターンが刻まれている点も大きな魅力です。
これらの新しいインヂュニアの価格はスチールモデルで1,567,500円、チタンケースのモデルでは1,958,000円と、IWCのベーシックモデルとしては確かに高価な印象であり、実際にスチール製のモデルでも、同じムーブメントを搭載するパイロットウォッチ マークXXの約2倍にあたる価格が付けられています。
IWCのブティック限定で販売されるこれらのインヂュニアは、そんな価格設定にもかかわらず現時点で極めて入手困難となっており、2023年6月時点で予約を入れても、実際に購入出来るのはスチール製のブラックダイヤルで2023年末頃とのことです。
かけがえのない価値を持つモデル
この新しいインヂュニアは、ジェラルド・ジェンタによる1970年代のスケッチを再解釈し、IWCなりの創意工夫によって現代に蘇らせたものであり、それはある意味でファンの夢を具現化したものといっても過言ではないでしょう。
今はジェラルド・ジェンタに、また伝統のインヂュニアに魅せられてきたひとりのファンとして、早く実機を手に取ってみたいと願うばかりです。
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