ロイヤルオーク 5402 ジャンボ

スポーツラグジュアリーの原点として、今や伝説的な存在となったロイヤルオークのファーストモデル、5402。
これが登場した1972年当時、一般的なメンズ時計のサイズは35ミリ前後であったのに対して、5402モデルの39ミリ径は大き過ぎるものでした。

ロイヤルオーク 5402 ジャンボ

そのサイズの理由は、28ミリ径の薄型ムーブメントを裏蓋の無いモノコック構造のケースに搭載し、ケースの外周とベゼルで厚いパッキンを挟み、8本のスクリューで締め付けることで防水性を確保した、全く独自のケース構造にありました。

モノコック構造のケース

その後に製作されたロイヤルオークのレディースモデルや、1990年代以降に中心的モデルを取って変わった14790モデルに象徴される36ミリ径のモデルなどと比較してはっきりと大きい事から、いつしかこのオリジナルモデルは時計ファンの間で「ジャンボ」の愛称で呼ばれるようになりました。
ここではそんな「ジャンボ」の基幹モデルの変遷を追うことで、ロイヤルオークの50年の歴史に迫ってみたいと思います。

ファーストモデル 5402

1960年代末、スイス最大のウォッチメーカーグループであるSSIH(現スウォッチグループ)は、更なる販売規模の拡大の為に、ハイエンドブランドを加えることを計画していました。
一方で小規模ながらも卓越したクオリティを貫いてきたオーデマピゲは、1950年代以降好調を維持しており、販路拡大を急務としていました。
そんな両社は、オーデマ・ピゲの資本や生産体制の完全な独立を保ちながらも、SSIHが世界中に抱える160の代理店と15,000の小売店という膨大な数の顧客を共有することで合意、契約を結びました。

年産数で約5,500本程度の規模であった当時のオーデマ・ピゲは、行き渡らせることが出来ない程の販売先を得たと共に、小売店やその顧客からの声として、プロダクトに関する様々な意見やアイディアがフィードバックされるようになったといいます。
そんな顧客の声に応え、当時のオーデマ・ピゲのCEOであったジョルジュ・ゴレイ氏が、1960年代から沢山のプロダクトデザインを依頼し、硬い信頼関係を築いていたジェラルド・ジェンタ氏に「今までにないスチール製のスポーツウォッチを作りたい」との要望を伝えたことで生れたのがロイヤルオーク、5402モデルでした。

ジェラルド・ジェンタ
画像:www.audemarspiguet.com
ジェラルドジェンタについて

それは当時としては全く新しい発想による防水ケースと、世界初のケースと完全に一体化したブレスレット、そして高度な薄型自動巻ムーブメントと、エレガントなブルーダイヤルを特徴としていましたが、まだウォッチデザイナーという職業がスイスの時計業界にも認識されていなかった時代、この歴史的傑作がたった一人のデザイナーによって、一晩で作り上げられたものであったことが、この時計にドラマチックなストーリーを添えました。

この5402モデルは、当初の計画ではスチール製1,000本、ゴールド製100本を生産する予定であったといわれていますが、それでもハイエンドウォッチの多品番少数生産で年産数6,000本以下であった1970年当時のオーデマ・ピゲにとっては異例の大量生産であったといわれています。

1972年に正式発表となった5402モデルは、1本の例外を除いて、1976年まではスチール製の外装にナイトブルー・クラウド50と呼ばれる深いブルーの文字盤を持つ一種類に絞られて生産されました。

ロイヤルオーク 5402 ジャンボ

当初のサプライヤーとして、ケースメーカーのファーブル・ペレ、ブレスレットメーカーのゲイ・フレアー、文字盤メーカーのスターンなど、スイス屈指のサプライヤーばかりが名を連ねましたが、当時の加工技術では、ジェラルド・ジェンタ氏が思い描き、オーデマ・ピゲが目指した品質基準を満たす繊細な仕上げを実現し、維持するには、手作業による終わりのない調整を繰り返す必要が有りました。
オーデマ・ピゲが提案するに相応しいクオリティを求め続ける中で膨れ上がっていくコストに、ジョルジュ・ゴレイ氏自身、不安を隠さなかったといいます。

「私は狂ってしまったようだ。こんな値段でスチール製の時計が売れるはずがない。」
「売れなかったらムーブメントを回収して、ケースとブレスレットは破棄するよ。」

1972年、そんな5402モデルに付けられたプライスタグは3,300スイスフラン。
1975年には3,650~3,750スイスフランに上がりましたが、これは当時のロレックスサブマリーナの3倍、IWCのインヂュニアの4倍に相当する価格でした。
しかしプロモーションを担当した代理店、ヒューゴ・ブッヒャーは、その常識外れとも取られ兼ねない高価さを逆にフックとして活かし、強いメッセージを作り出したのです。

「金より価値のあるスチール」
「レンブラントの絵画はキャンバスの為に買うものでしょうか」
「世界で最も高価なスチール時計」

一般的にロイヤルオークは「売れなかった」との説が有力とされていますが、当時の技術ではなかなか生産数が伸ばせないながらも、オーデマ・ピゲの記録によれば1973年末までには1,033本を販売しています。
これは21世紀の現代においてはあまりに小さな数字に過ぎませんが、この時点で「スチール製1,000本」としていた当初の計画を切り替えていたことは明白でなのです。

5402モデルは、1972年から2002年まで、スチール製、スチール+イエローゴールドコンビ、イエローゴールド製、そしてホワイトゴールド製の4種類が製造され、合計で6050本が販売されました。

5402モデル スペック:
ケース径 39mm
ケース厚 7mm
時、分、デイト表示
キャリバー2121搭載
タペストリー21ダイヤル
テーパリング・インテグレーテッド・ブレスレット、Ref.344
モノコックケース
100メートル防水

スチールモデル 5402ST

ロイヤルオーク 5402 ジャンボ

総販売本数 4,288本

シリーズA 
A1~A1999 が存在、販売期間 1972年~1989年、1975年までに大部分を販売。 
販売本数 1937本

シリーズ B
B1001~B2000が存在、販売期間 1975年~1993年、1976年の1年間で大部分を販売
販売本数 845本

シリーズC
C1001~C1973が存在、販売期間 1976年~1987年、1979年までに大部分を販売
販売本数 952本

シリーズ D
D1000~D1410が存在、販売期間 1978年~1989年、1979年より1980年代半ばを中心に販売
販売本数 404本

スモールケース番号無し 
販売期間 1974年~1994年、1975年に大部分を販売
販売本数 129本

裏蓋に刻印無し
1988年に5本、1989年に10本、1990年に6本、合計販売本数 21本

イエローゴールドモデル 5402BA

ロイヤルオーク 5402BA
画像:www.phillips.com

18Kイエローゴールド製ケース、ブレスレット
1977年発表
文字盤はジェムセッティングされたものを含め、数種類が存在する。

シリアル番号は1~745が存在
販売期間 1977年~1990年、1977年~1980年を中心に販売
販売本数 736本
うち9本は1980年~1985年にベゼルのリムにダイヤをセットした4187BAにコンバートされています。

スチール+イエローゴールドモデル 5402SA

ロイヤルオーク 5402SA
画像:www.antiquorum.swiss

ステンレススチール+18Kイエローゴールド製ケース、ブレスレット
1977年発表
スレートグレーダイヤル+イエローゴールドインデックス、針
1978年~1985年の間、変わることなくカタログの掲載が継続されました。

シリアル番号は1~951が存在
販売期間 1977年~2002年 1977年~1980年代初頭を中心に販売
販売本数 876本

ホワイトゴールドモデル 5402BC

ロイヤルオーク 5402BC
画像:www.sothebys.com

18Kホワイトゴールド製ケース、ブレスレット
1972年にイランの国王の為に1本のみ製作、1977年より公式販売を開始しました。
大部分はダイヤモンドインデックスを採用、ダイヤモンドインデックスの台座はスクエア型と丸形の2種類が存在、ダイヤモンドインデックスには夜光の入らない細いバトン型針が採用されています。

シリアル番号は1~151が存在
販売期間 1972年~1991年 1978年~1980年にその大部分を販売
販売本数 150本
うち10本が1979年~1991年の間にベゼルのリムにダイヤをセットした4187BCにコンバートされました。

ロイヤルオーク 20周年記念モデル 14802

1990年代初頭までに存在した39ミリ径のロイヤルオークのベーシックモデルは5402モデルの一種類のみであり、そのほとんどが1982年までに販売されたものでした。

ロイヤルオーク 20周年記念モデル 14802
画像:www.sothebys.com

これに対して、1977年にケース径を35ミリに改めて登場した4100モデルを皮切りに、機械式、またはクオーツムーブメント搭載機などの35ミリ径のロイヤルオークのバリエーションが生まれ、更に1983年には36ミリ径に改めた4332モデル、1986年には同じく36ミリ径の14498モデル、1990年にも36ミリ径の14700モデルが登場するなど、オーデマ・ピゲを代表するコレクションのひとつとしてロイヤルオークの人気は続きますが、「大き過ぎた」ジャンボはその影を薄くしていました。

しかし1992年、そんなロイヤルオークの20周年記念として、原点である39ミリ径の5402モデルの復活が企画され、1,000本の限定で製作、販売が行われたのがこの14802でした。
14802モデルでは、サーモンピンクやハンマー仕上げの「トスカーナブルー」と呼ばれる文字盤のバリエーションが登場しました。

ロイヤルオーク14802 サーモンピンク、トスカーナブルー
画像:www.phillips.com

加えてモノコックケースの裏蓋にあたる部分をサファイアクリスタルに置き換えることで、5402モデルと共通のムーブメント、キャリバー2121を可視化したと共に、ゴールドのローターにJUBILEEのロゴとケース番号が刻まれている点は大きな特徴といえるでしょう。

ローターにJUBILEEのロゴ
画像:www.phillips.com

また5402モデルが7ミリ厚で手首に沿うような緩やかな弧を描くケースを持っていたのに対して、14802モデルは8.1ミリ厚と若干厚みを増しながらもフラットな造形のケースに改められていますが、恐らくはトランスパレントバックの採用によって強度面に不安を持ち、補強を試みたのではないかと思われます。

15002モデル

ロイヤルオーク 15002
画像:www.phillips.com

39ミリ径のレギュラーモデルとして、2世代目にあたる15002モデルは、ジュビリーモデル発売前の1991年の時点で技術的な計画は出来上がっていたといわれていますが、当時のオーデマ・ピゲの経営陣は、ジュビリーモデルの1,000本が完売するまでこのプロジェクトを保留にしました。
14700モデルなどをはじめとする36ミリ径のモデルが人気を集める中、「ジャンボ」な14802モデルは売れ行きが思わしくなく、14802モデルを結局完売するには約4年間を要したといわれています。

それでも1996年、オーデマ・ピゲは15002の発表に踏み切りましたが、この年の生産数をわずか70本に留めました。
1997年から1999年にスチール製174本とイエローゴールド製12本の合計186本の15002モデルが生産されましたが、この15002モデルは短命に終わり、更なるブラッシュアップを受けます。

15002モデルの特徴は、14802モデルと同じ8.1ミリ厚のフラットなケースでありながら、5402と同様のソリッドバックを採用している点でしょう。

ロイヤルオーク 15002
画像:www.phillips.com

加えてベゼル外周のファセットが、他の「ジャンボ」が40度で統一されているのに対して、この15002モデルのみ45度と僅かに変化しています。
更には文字盤のブランドのロゴが若干大きくなり、次世代である15202モデルの顔に近づいている点も大きなポイントといえるでしょう。

15202モデルの誕生

オーデマ・ピゲは1996年の時点で350個のキャリバー2121のエボーシュ(半完成品)をストックしていましたが、1999年に15002モデルの製造を終了して以来、その在庫が減ることはありませんでした。
そこに供給元のジャガー・ルクルトが、この素晴らしいムーブメントの生産を打ち切るとの噂が流れ始め、オーデマ・ピゲはその存続の為に対策を模索し始めました。

そして1999年6月、オーデマ・ピゲは15002モデルの刷新に踏み切り、2000年にスチール製250本、イエローゴールド製50本の合計300本を製造する事を決めました。
それは単に15002モデルのデザインを進化させるに留まらず、オリジナルモデルである5402モデルの特徴を、これまでにない自由な発想で再解釈することをテーマとした、非常に野心的な試みでもあったのです。

2000年3月30日に開催されたSIHH(ジュネーブサロン)においてお披露目されたその新作には、15202のリファレンス番号が与えられていました。

ロイヤルオーク 15202
画像:www.phillips.com

スチール製のブルー文字盤のモデルの他に、スチール製とゴールド製の両方に、ジャンボとして初となるシルバー文字盤を採用したモデルも登場、2006年にはシルバー文字盤にピンクゴールド製のケース、ブレスレットを備える15202ORも追加されました。

全ての文字盤には前世代までのT21タペストリーよりも大柄で、より精密な加工を施したグラン・タペストリーに変更され、より厳密に加工されるようになったケースやブレスレットと共に、シャープな印象を増しています。
また引き続き厚さ8.1ミリのフラットなケースを採用、そのケースバックの部分には14802モデル以来のサファイアクリスタルが採用され、丁寧に磨き抜かれた名機、キャリバー2121の姿を可視化しています。

恐らくは2000年代当時、多くの時計メーカーが取り組んだ「外装の差別化」の結果として巻き起こった、腕時計のいわゆるデカ厚ブームの中で、もはや39ミリ径のジャンボを巨大過ぎると捉えてきた人々の感覚が変化してきたものと見られ、15202モデルはこの頃を機に、広く見直されるようになりました。

時代がやっとこの大傑作に追い付き、ジェラルド・ジェンタ氏の成し遂げた偉業に気付き始めたのです。

そして2003年にはイタリア市場に向けた15128モデル、2011年には時計コレクター向けのウェブサイト、「The Purist」の10周年記念に製作した15201モデル、更には2015年に香港のアワーグラスの為に製作した15205等、様々な限定モデルを製作するようになり、ロイヤルオークの派生として生まれたロイヤルオーク・オフショア等、他のコレクションと共にその勢力を伸ばしていくようになります。

ロイヤルオーク15128
画像:www.phillips.com

2012年、ロイヤルオーク40周年

こうして迎えた2012年、ロイヤルオークは時計業界を真に熱狂させる存在となります。

マーティン・K・ヴェルーリとハインツ・ハイマンという2人のオーデマ・ピゲの関係者による記念本が出版され、大規模な回顧展が世界中を駆け巡りました。
と同時に15202STモデルと15202ORモデルに、ナイトブルー・クラウド50のカラーとプチタペストリー、そして6時位置のAPのモノグラムという、オリジナルのロイヤルオークの文字盤が蘇ったのです。

ロイヤルオーク 15202ST 40周年

これに前後してプラチナケースを採用したオープンワーク、15203PTが40周年記念モデルとしてわずか40本の限定モデルとして登場、更に2017年にはイエローゴールド製の15202BAモデルにもブルーとゴールドの2色のプチタペストリー文字盤が採用されて復活するなど、世界中の時計ファンの注目を集め続けました。

この需要の急激な拡大に対して、オーデマ・ピゲは工房を増やし、2000年から自社製造するようになったキャリバー2121に関するノウハウについて社内のエンジニアに共有、増産に注力するようになりました。
2018年にはチタンとプラチナのコンビケース、ブレスレットとスモークブルーの文字盤を採用した15202IPモデルが登場、1977年に登場し、実質数年で途絶えたバイメタルのモデルの生産も開始されました。

ロイヤルオーク 15202IP
画像:www.phillips.com

2021年には14802PTモデル以来となるプラチナ製モデル、15202PTも登場しますが、2012年にオーデマ・ピゲのCEOに就任したフランソワ=ヘンリー・ベナミアス氏が同年4月、15202モデルの生産終了を発表しました。

ロイヤルオーク 14802PT
画像:www.audemarspiguet.com

またその年の秋に開催されたONLY WATCHオークションに、ビーズブラスト仕上げのチタンケースとポリッシュ仕上げのメタリックガラスベゼル、そしてオーデマ・ピゲとして初めてパラジウムを採用した15202モデルの最終作を出品、2021年11月6日、この時計は3,100,000スイスフランで落札されました。

ロイヤルオーク 15202 ONLY WATCH
画像:www.audemarspiguet.com
ロイヤルオーク 15202 ONLYWATCH

2022年に登場した16202モデルが受け継いだもの

オーデマ・ピゲは、翌年には新型の16202モデルやオープンワークの16204モデルをリリース、ムーブメントを完全自社開発のキャリバー7121に積み替えましたが、14802モデル以来不変を保ってきた直径39ミリ、厚さ8.1ミリのケースサイズやプチタペストリー文字盤は受け継がれました。

ロイヤルオーク 16202 2022年の新作
画像:www.audemarspiguet.com
2022年新作 ロイヤルオーク エクストラシン 16202

ロイヤルオークの評価が将来的に変化していく事があるのかについては今のところ想像がつきませんが、その心臓部を半世紀に渡って担ってきた歴史的な名機、キャリバー2121に取って変わったキャリバー7121の評価はまだこれからです。

キャリバー2121 キャリバー7121
画像:www.audemarspiguet.com

世界初にして最高の評価を集め続けるウォッチデザイナー、ジェラルド・ジェンタ氏は、晩年に受けたインタビューの中で、「本当の評価を受けられるまで、何十年も待たなければならなかった」との印象的な発言を残していますが、彼が幼少の頃に痛く関心を寄せた潜水用のヘルメットから得たインスピレーションが本当に花開くのは、まだまだ先のことかも知れません。

情報元:audemarspiguet.com ほか

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加藤

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