月に降り立った腕時計のひとつ ブローバ

月面で使用され、一般市場に現れた唯一の時計

2015年10月22日、ボストンのノースエンドに本社を置くオークションハウス、RRオークションが開催したオークションに、元NASAの宇宙飛行士、デイヴィッド・スコット氏が船外活動で実際に使用したブローバのクロノグラフが出品され、驚愕の1,625,000ドル(約1億9700万円)で落札されました。

オメガ以外のムーンウォッチ ブローバのクロノグラフ
画像:rrauction.com

これはアポロ計画関連のアイテムとしてだけでなく、宇宙飛行士による出品物として、またブローバの時計として、そしてRRオークションの扱ってきた出品物としても、これまでの最高記録となりました。

デイヴィッド・スコット氏はジェミニ8号、アポロ9号、アポロ15号の各ミッションに宇宙飛行士として参加しており、アポロ15号計画では月に降り立った7人目の人類となり、初めて月面で自動車を運転した人類となった人物です。

アポロ15号船長デイヴィッド・スコット氏
画像:rrauction.com

船外活動中にスピードマスターに発生したトラブル

全ての他の宇宙飛行士と同様に、デイヴィッド・スコット氏にも船外活動用の備品としてオメガのスピードマスターが支給されていましたが、アポロ15号ミッションにおける二回目の船外活動を終えてキャビンに帰還した際に、いつの間にかスピードマスターのヘサライト製の風防が外れてしまっていたことに気付き、三回目の船外活動には予備で用意していた別のクロノグラフを装着して臨みました。

デイヴィッド・スコット氏本人を含めて、その時使用したクロノグラフはウォルサム製であったと長年に渡って信じられていましたが、2014年にそれはウォルサムではなく、ブローバの88510/01というクロノグラフであったことがデイブ氏本人によって明らかにされました。 

アポロ15号船外活動とローバー
画像:rrauction.com

アメリカンウォッチの夢を託したプロトタイプ

その特別なクロノグラフは、アメリカが国の威信をかけて取り組んでいた宇宙計画に、外国製の時計が正式採用されていることに不満を持ち、何とかNASAにアメリカ製の時計を使ってもらいたいと願うブローバが製造したプロトタイプであったといいます。

何故かそのクロノグラフのスペックは明らかにされていないようですが、1971年というタイミングと、良く言われる通り無重力状態での巻上げが期待できないとされた自動巻ではなく、手巻きのムーブメントが搭載されていると見て間違いないでしょう。

文字盤3時位置に30分積算計、6時位置に12時間積算計、そして9時位置のスモールセコンドという構成の3つのインダイヤル。

バーのプリント夜光インデックスに加えてその外周には1/5秒刻みのセコンドトラックが配置されたマットブラックダイヤル、そしてその外周を囲むブラックのタキメータースケール。更には細いホワイトフレームのバトン型長短針と先端に夜光が入ったクロノグラフ秒針という、スピードマスターと全く同じ構成を持ちながら、トノー型の、ラグが一体化したシンメトリーケースにミネラルクリスタル風防を備える、より頑丈そうな外装を持っていました。

ブローバ 1970年代クロノグラフ
画像:rrauction.com

その外観はスピードマスタープロフェッショナルよりも、1969年に登場したスピードマスターの外装強化バージョン、スピードマスターマークIIの方に似ているように見えます。

以上のオメガを意識したとしか思えない意匠対して、一際個性的なのがクロノグラフのプッシュボタンでしょう。

特徴的な幅広・薄型プッシャー
画像:rrauction.com

横から見ると随分と薄い板で作られている事が分かる大きめのプッシュボタンは、リューズを中心として上下にシンメトリーに配置され、いかにも操作性が良さそうです。

そしてエッジ部に丸みが付いている事で、通常のラウンド型のプッシュボタンの様に、何かにボタンが引っかかってしまう事が無いように配慮されています。

その計り知れない付加価値

デイヴィッド・スコット氏の回想によれば、アポロ15号のミッションの約4か月前に、ブローバからミッション中にこのクロノグラフを試してみて欲しいとの要請が同僚を通して彼のもとにに寄せられたといいます。

アポロ15号のミッションが近づくに伴い、その複雑さと忙しさを理解しはじめたデイヴィッド・スコット氏は、オフィシャルウォッチのバックアップの為に、その時計を携帯する事を決めました。

三回目の船外活動において、そのブローバは高温の月面上でも問題なく時間を刻み、ポータブル・ライフ・サポート・システム内に搭載可能な酸素、水、そしてバッテリーの量によって制約される活動可能時間内に船内に帰還することを可能としたのです。

そしてそのクロノグラフの表面には、船外活動において付いた無数の傷や錆が残り、デイヴィッド・スコット氏が臨んだミッションの過酷さが伝わってくるようです。

こうして月面で使用された時計として、唯一の個人所有物となったこのブローバのクロノグラフは、時計ファンのみならず、宇宙開発のファンにとっても計り知れない付加価値と歴史的意義を持つものとなったのです。

ブローバ クロノグラフ1970’s

落札価格:1,625,000ドル
落札日:2015年10月22日

情報元:rrauction.com

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加藤

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