最も大きな影響を与えたクロノグラフムーブメント
前回「世界初の自動巻クロノグラフ」において述べた通り、セイコー5スポーツ スピードタイマーは1969年5月、世界で初めて量産され、一般販売を開始した自動巻クロノグラフとなりました。
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世界初の自動巻クロノグラフ
そしてこのスピードタイマーのムーブメント、Cal.6139Aが採用した垂直クラッチ式のクロノグラフ機構は時代を越えて1987年に誕生し、オーデマ・ピゲやバシュロン・コンスタンタンらが挙って採用した名機、フレデリック・ピゲのCal.1185に継承され、その後に設計された多数のクロノグラフムーブメントに決定的な影響を及ぼしたのです。
- 垂直クラッチ式のクロノグラフ
- 2000年に登場したロレックス デイトナのCal.4130、
- 2005年に登場したジャガールクルトのCal.750
- 2006年に登場したパテック・フィリップのCal.CH28-520やパネライのCal.P.2004
- 2007年にIWC初の自社製クロノグラフとして登場したCal.89360、
- 2009年に登場したCal.B01、これは後にチューダー、シャネルの三社間で技術提携が行われました。
- 2011年に登場したオメガのCal.9300
- 2012年に登場したカルティエのCal.1904-CH MC
- 2017年に登場したタグ・ホイヤーのCal. Heuer 02
このほかにも多数、垂直クラッチを採用したムーブメントが登場しており、垂直クラッチはすっかり現代のクロノグラフのメインストリームとして定着した、ということが出来るでしょう。
ここではそんな「知られざる」歴史的タイムピース、セイコー5スポーツ スピードタイマーについてもう少し深堀りしておきましょう。
国産初のクロノグラフ
1964年に開催された東京オリンピックの公式計時担当を勝ち取ったセイコーは、その記念モデルの一環として、国産初のクロノグラフとなった「クラウン クロノグラフ」をオリンピックイヤーに発表します。
具体的なサンプルが無く、会社の人が買いで買ってきてくれた洋書を参考に設計した、というこのクロノグラフは当時の主流であった水平クラッチ式を採用、秒針を廃して秒積算計のみを備えるシンプルなもので、回転ベゼルを備えることで60分までの経過時間を測定可能としています。
画像:www.seikowatches.com
スピードタイマーの誕生
その後の1967年には薄型で耐久性、メンテナンス性にも優れる新世代の自動巻ムーブメント、Cal.6106を搭載したセイコー5スポーツが大ヒット、これを受けて61系の自動巻ムーブメントにクロノグラフを搭載するプロジェクトが始動します。
1分で1周する四番車がセンターにある61系のムーブメントにおいては、従来の水平クラッチ式のクロノグラフ機構を載せる事が出来ず、そこで「機械的に一番シンプルな構造を目指して」発想したのが、自動車のクラッチのように四番車に摩擦車を重ねて動力を接続する、垂直クラッチであったのです。
そしてこれに重ねるセイコーお得意のマジックレバー式自動巻と共に、Cal.6139Aと名付けられたスピードタイマーのエンジンは、極めて個性豊かで革新的な構造を持つに至ったのです。
20世紀最大の革新
ここに登場したクラウン クロノグラフ、61系ムーブメント、そしてこのスピードタイマー、これら全ての設計を担当したのは諏訪精工舎 開発部の大木俊彦氏でした。
大木氏は1937年生まれで1962年に諏訪精工舎に入社、すなわち1964年のクラウンクロノグラフ発売当時、大木氏はまだ入社3年目の27歳、スピードタイマーを発売した1969年でも32歳という若さであったのです。
すなわちスイスの名だたるウォッチメーカー達が「機械式時計における20世紀最大の革新」とまで表現し、複数のメーカーによる共同プロジェクトとして、社運を賭けて、大量のリソースを注ぎ込んでやっと作り上げた自動巻クロノグラフを、セイコーでは若き設計担当が一人で作り上げた、ということになります。
画像:www.seikowatches.com
当然ながらセイコーの社内に蓄積された時計製作のノウハウに沿って、先輩設計担当者達の助言や支援を受けながら作ったものと想像出来ますが、当時のセイコーには、まだクロノグラフに関する知識の蓄積が多くなかったことが逆に幸いして、二作目にして垂直クラッチの発想に至る事が出来たのかも知れません。
そして更に驚いたことに、スポーツタイマー開発当時、少なくとも諏訪精工舎の開発部のスタッフ達は、同年のクリスマスに発売を控えていたクオーツ アストロンの開発に没頭しており、Cal.6139Aが世界初の自動巻クロノグラフだということを、大木氏自身も含めて、誰も知らなかったといいます。
世界に追い付き追い越す事を目標として
少なくとも当時のセイコーは、「世界初」という名誉よりも、純粋に優れたものを生み出す事に「夢中」になれるメーカーであった、といえるのではないでしょうか。
1960年代の高度成長期、世界に追い付き、追い越すことを目標として、日本人はひたすらに頑張り続け、様々な分野において輝かしい成果を残してきたことは有名な事実ですが、セイコーもそんな日本が誇るべき企業のひとつであることに、疑う余地はないでしょう。
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