自動巻クロノグラフ 6139(セイコー)

日本が誇る国際ブランド、セイコー。その卓越した品質と技術により、いまや国際的な名声を揺るぎないものとしたセイコー。

その140年に渡る歴史の中でも、1969年のクリスマスに発売された世界初のクオーツ腕時計、「クオーツ・アストロン」はその後の時計業界に多大な影響を及ぼしたことで特に有名ですが、その同年の5月にセイコーが成し遂げたもうひとつの「世界初」もまた、時計史上で大変に重要な出来事であったのです。

セイコー クオーツアストロン35SQ
画像:seikowatches.com

手巻きから 自動巻きの時代へ

1950年代以降、ロレックスによるパーペチュアル機構の特許切れによって多数の時計メーカーが全回転ローターによる自動巻ムーブメントをリリースするようになりましたが、1960年代初頭にはロレックスの1500系やオメガの550系など、様々な歴史的名機達が出揃い、早くも自動巻ムーブメントは最初の円熟期を迎えるに至りました。

Ref.5508(自動巻ムーブメント cal.1530)
画像:Ref.5508 搭載機械:cal.1530

高性能な自動巻時計がシェアを拡大していく中で、クロノグラフメーカー達が自動巻クロノグラフの開発を目指すようになったのは、極自然な流れという事が出来るでしょう。

しかしクロノグラフ機構と自動巻機構は共に大きなスペースを必要とするもので、これらを同居させて、かつ腕時計用のサイズに収める、これは当時、まだ誰も実現したことの無いことでした。

自動巻クロノグラフは機械式時計における20世紀最大の発明であり、これをいち早く開発できれば、新しい市場を築き上げ、シェアを握る事が出来る、時計メーカー達はそう考えていたといいます。

クロノグラフ時計。ホイヤー、ブライトリング、ゼニス

特にクロノグラフに強い思い入れを持ち、クロノグラフを主力商品に据えていたメーカー達にとって、自動巻クロノグラフはどうしても実現しなければならないものとなったのです。

自動巻クロノグラフ 開発競争の幕開け

現代においても尚、新たなクロノグラフの開発は時間、費用の両面において大きな負荷を強いられるものであり、実際に21世紀に新開発されたクロノグラフムーブメントにおいても、複数の企業の協力体制の下で生み出されたものが大半を占めていますが、当時まだ前例の無かった自動巻クロノグラフの開発に挑むとすれば、それこそ社運を賭けた大冒険となることは確実であったのです。

ゼニス

1962年、ゼニスは創業100周年の節目の年である1965年の発表を目指し、自動巻クロノグラフの開発に乗り出しました。

かつてユニバーサル・ジュネーブの為に優秀なクロノグラフを製造していたマルテル社と、ハイビート・ムーブメントの開発技術を持っていたモバード社を傘下に収めていたゼニスは、当時の主流であった水平クラッチ式のクロノグラフ機構を出来る限り小さく作ることでスペースを捻出し、そこに自社で持っていた小型のリバーサ式自動巻き機構を捻じ込もうとしたのです。

ホイヤー=ブライトリング=ハミルトン連合

オータビアやカレラといったクロノグラフ腕時計を主力商品に据えていたホイヤー、そしてナビタイマーをはじめとするパイロットクロノグラフを主力商品とするブライトリングは、このビッグプロジェクトを成功させるために手を取り合いました。

1965年のことでした。

当時ハミルトンの傘下にあったビューレン社が持っていたマイクロローターによる薄型の自動巻ムーブメントに、当時からクロノグラフメーカーとして時計業界に名を馳せていたデュボア・デプラによるクロノグラフ機構をモジュールとして積み上げることで、自動巻クロノグラフの実現を目指したのです。

セイコー

1964年に国産初のクロノグラフを発売したセイコーも、1967年には自動巻クロノグラフの開発を開始しました。

ボールベアリングとマジックレバーを使用した高効率の自動巻き機構と、省スペースでクロノグラフ始動時に針飛びが起きず、かつエネルギー伝達効率に優れた垂直クラッチ式クロノグラフ機構を採用したセイコーの選択が、極めて先進的で賢明なものであったことを、ここに強調しておきましょう。

恐らくはレマニアやバルジューをはじめ、他にも1960年代のうちに自動巻クロノグラフの開発に着手していた会社は色々と存在していたと思われますが、結果として「世界初」を巡る争いはこの3つのグループにて行われることになります。

ゼニスがエル・プリメロを発表

1969年1月10日、ゼニスが世界で初めて自動巻クロノグラフ、「エル・プリメロ」のプロトタイプの製造に成功したことをプレスリリースで公表しました。

自動巻クロノグラフ プリメロ(ゼニス)

当初の予定より4年もずれ込んでの発表となりましたが、それでもゼニスは「世界初の発表」を成し遂げたのです。

1968年の秋の段階で一旦はプロトタイプが完成していたといわれるホイヤー=ブライトリング=ハミルトン連合は同年3月3日の発表を秘密裏に予定していましたが、ゼニスの突然の発表に動揺が隠せなかったといいます。

それでもホイヤー=ブライトリング=ハミルトン連合は予定通り3月3日に予定通り自動巻クロノグラフ、クロノマチックをスイスとアメリカにて大々的に発表、翌4月に行われたバーゼル見本市では、3社それぞれの主力機種にクロノマチックを搭載した新作を多数揃え、大いに注目を集めました。

自動巻クロノグラフ cal.11(ホイヤー、ブライトリング )

1969年5月 セイコー スピードタイマー、発売

しかし「世界初」の自動巻クロノグラフの発売を実現したのは、何とセイコーであったのです。

スイスメーカーが春の見本市で発表した新作をリリースするのが夏以降となるのは、当時も現在も同じようであり、ホイヤー=ブライトリング=ハミルトン連合によるクロノマチックの発売は1969年夏、ゼニスのエル・プリメロの発売は1969年10月を待たなければならなかったのです。

しかもエル・プリメロは7年、クロノマチックが4年の開発期間を要したのに対して、セイコーはたった2年の開発期間で、直径27.4ミリ、厚さ6.5ミリという、当時としては最小のサイズにまとめ上げて見せたのです。

自動巻クロノグラフ 6139(セイコー)

更に当時の販売価格を比較すると、エル・プリメロ搭載機は約15万円、クロノマチックを搭載したカレラが約10万円であったのに対し、セイコーのスピードタイマーが1万6千円、または1万8千円という、驚愕の低価格であったことも見逃せません。

セイコーのスピードタイマーが5スポーツという若者をターゲットとした普及機のコレクションとして製造されていた事、そして当時は1ドル=360円の固定相場制であったことを加味しても、余りにも大きな差ではないでしょうか。

そしてスイスメーカーの大騒ぎに対して、この偉大な革新を当然の事であるかのように成し遂げ、しかも多くを語ろうとしないセイコーが、個人的には何とも誇らしく思えます。

自動巻クロノグラフの開発競争の勝者は

世界で初めて発表された自動巻クロノグラフはエル・プリメロであり、世界で初めて発売された自動巻クロノグラフはセイコー、これは動かし難い事実です。

その後も進化を重ねながら様々なメーカーに採用され、最も多くの人々を魅了してきたクロノグラフの象徴的存在、エル・プリメロ。

エルプリメロ搭載モデル(デイトナ、ビッグバン、クロノマスター)

3ブランドによって大切に育てられながら、モナコや、ナビタイマーなど、時代を代表するクロノグラフを生み、数々の伝説を遺したクロノマチック。

そして6139を皮切りに翌年には6138、7017等の優れた機械式クロノグラフをリリースしながら、現在も尚、偉大なる革新を重ね続けるセイコー。

セイコーの腕時計

その在り方は三者三様ですが、それぞれがそれぞれにとっての成功を収めたといえるこの争いは、栄光に満ちた時計史の1ページとして、いつまでも語り継がれていくことでしょう。

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加藤

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