セイコー 世界的オークションで
ロンドンのニューボンドストリートにヘッドオフィスを構える、世界で最古にして最大のオークションハウス、ボナムズ。
そんなボナムズが香港のアドミラルティにおいて2020年8月7日~25日に “Making Waves:Seiko” と題するオンラインオークションを開催、ロット717として登場したセイコー カウンタークロノグラフ Ref.5718-8000が1964年当時の定価35,000円に対してバイヤーズプレミアム込みで138,125香港ドル(1,866,570円)という高額落札を記録、話題を振りまきました。
画像:bonhams.com
A Private Collection of Japanese Wristwatches | Part 1 とのサブタイトルを与えられたこのオークションには、近年国際的に人気が盛り上がりつつあるセイコーのヴィンテージウォッチを中心に、歴史的タイムピースから限定の復刻モデルまで、全82本が集められました。
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今回は精力的な海外戦略で注目を集めているセイコーのフラッグシップ、グランドセイコーを敢えて外していますが、グランドセイコー無しでも十分にオークションが成り立つことを証明して見せた点においても、非常に興味深いといえるでしょう。
1964年 東京オリンピック
1959年にミュンヘンで行われた第55次IOC総会において、デトロイト、ウィーン、ブリュッセルを破って東京がアジアの都市として初めて、オリンピックの開催地として選出されました。
それまでのオリンピックでは、毎回当然の事の様にスイスメーカーが公式計時を担当してきましたが、日本で初めて開催されるオリンピックに日本製の時計を是非とも使って欲しい、これは欧米に追い付き、追い越すことを目標として日夜努力を重ねていた時代のエンジニア達にとって、どうしても譲れないことであったのです。
当時のセイコーは、スポーツ計時自体未経験という状況でしたが、来るべき東京オリンピックに向けて世界最高のストップウォッチを生み出すべく、開発に乗り出しました。
89系ストップウォッチの誕生
当時ストップウォッチの駆動方法には、常時作動を継続する主輪列とストップウォッチ機構をクラッチで接続、切断する方法と、テンプを直接発進、停止させる方法が存在しましたが、従来のストップウォッチではどちらの構造にしても発進、停止時の微細な誤差が避けられませんでした。
これは任意の時間に発進し、停止させるストップウォッチにおいて、発進時、停止時のテンプの始動位置、または停止位置がまばらとなる事に起因しており、これが計時最小単位以下の端数の処理のばらつきを生んでいたのです。
これに対してセイコーは、テンプを直接発進、停止させるストップウォッチのシステムに、テン真にハートカムを取り付け、ストップウォッチ停止時にリセットハンマーによってそのハートカムを叩くことによって、クロノグラフの積算針がリセットされるかの様に、テンプの停止位置が常に一定となるシステムを考案。
これによって同時に発進して同時に停止した複数のストップウォッチの計測値のばらつきを理論上シャットアウトして見せたのです。
89系として発表されたその革新的なストップウォッチは高い評価を受け、スイス勢を抑えて栄えある東京オリンピック オフィシャルタイムキーパーの座を勝ち取ることが出来たのです。
東京大会では89系ストップウォッチ5種類710個を含む全34種1080個の時計が使用されたといわれていますが、セイコーは15日間に渡って行われた全競技において見事に信頼に応え、東京オリンピックの成功に大きな貢献を果たしました。
セイコー Ref.5718-8000 幻のコレクターピース
セイコー自身が社運を賭けて臨んだと表現する東京オリンピック、その開催を祝って発売された記念モデルもまた、歴史的なモデルばかりでした。
その中のひとつが国産初の腕時計型クロノグラフ、クラウン・クロノグラフであり、そして国産初のワールドタイムウォッチでした。
そしてもう一つ、オリンピック関係者、または国体関係者限定で50本のみが発売されたといわれるのが今回のオークションで注目を集めたカウンタークロノグラフ、Ref.5718-8000であったのです。
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同時期に登場したクラウン・クロノグラフはワンプッシュの仕様になっているのに対して、このカウンタークロノグラフでは4時位置に独立したリセットボタンが有るほか、文字盤上6時位置のインダイヤルにて、永久秒針と同軸配置の60分積算計を備えています。
また文字盤上12時下に備える窓には、この時計の最大の特徴である0から99までを表示するカウンターを備えており、8時位置にあるボタンで10の位を、10時位置のボタンで1の位を早送り可能で、かつ1の位が9から0に変わる際に10の位が連動する仕組みを持っています。
更にこのカウンターは長短針が0時を示す際に自動的に値を一つ進める機能を持つことから、カレンダー表示としての利用も可能というものでした。
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このカウンタークロノグラフは、その生産本数の少なさに加え、当時実際にツールとして使い込まれた為に現存する個体は僅かと見られ、その原形を留めているだけで大変貴重なコレクターズアイテムとなります。
実際に今回オークションに登場した個体はフランジ部分のタキメーターに目立つ傷みが有るほか、長短針、そしてブレスレットがオリジナルとは異なる形状のものに交換されています。
それでも東京オリンピックが大きな話題となった2020年ということもあってかこの高額落札、フルオリジナルの個体が国際舞台に登場したらどれ程の落札額を記録するのでしょうか。
かつて海外メディアに、「セイコーの良さを最も理解出来ていないのは他ならぬ日本人」との残念な指摘を受けた日本の時計事情ですが、真に誇るべき日本のメーカーの存在について、改めて認識してみる時期なのかも知れませんね。
セイコークロノグラフ Ref: 5718-8000 1964年東京オリンピック
落札日: 2020年8月25日
オークション: ボナムス Making Waves: Seiko
ケース: ステンレススチール
ムーブメント:5718A, Manual winding
情報元:bonhams.com
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